2012年09月14日

尚志会芸能祭

みなさま、こんばんは。

先ほど、私のお店ラウンジ1011を終って、
帰宅前に久しぶりにブログ更新です。ハート



遅ればせながら秋のごあいさつ。おすまし

オリンピック、甲子園と楽しく盛り上がった夏も過ぎ、
過去最大級といわれた台風が秋風を運んできて
朝夕涼しくなってまいりました。

しかし、また終末は台風のようですね~。びっくり!

今月22日のイベントに向けてのリハーサルがあるんですが・・・。ぐすん大丈夫かな~。

ピカピカ
沖縄本島ニコニコ


さて、先日の9月9日

八重山高校のOBで結成の尚志会主催の芸能祭に出演いたしました。

山里恵子舞踊研究所は鳩間節を踊りました。



第13回となる沖縄尚志会芸能祭。
2年に一度開催されていますが、

第一期
初代会長は私のオジの大島修ということもあり、

芸能祭への出演を声かけられ
以来、毎回出演させてもらっています。

もしかして、出演回数一番最多かも・・・!?ピース

第一回芸能祭は昭和62年に開催。


舞踊だけではなく、
過去には劇をしたこともあります。


今まで出演させてもらった中で一番思い出深いのは、

「マヤーユンタ」という演劇の主役をさせてもらった事。

平成6年だったと思います。


「マヤーユンタ」のストーリーは・・・↓

貧乏で子沢山のカナシーが、
生活苦のために在藩のまかないとして
子供達と離れ在藩のお屋敷で暮らすうちに
夫のマツンガニが病に倒れ亡くなってしまう・・・
という悲しいお話でした。



私は主人公のカナシー役で、
当時幼かった娘たちも、子供役で出演しました。


夫のマツンガニ役は、弁護士の上間瑞穂先生。(その当時の副会長)

在藩役は那覇市議会議員の唐真ヒロヤス先生。

シュウヌマイ役は、安里長祐会長。(当時会長)



舞台に向け3ヶ月もの間、演劇のお稽古をいたしました。


演劇は初めてのことだったので、とても緊張したのを覚えています。

舞台成功のために先輩方と一緒に頑張ったあのときの思い出。

当時の思い出の写真を探してみました。おすまし


◆舞台と舞台裏◆

尚志会芸能祭
リハーサルで監督から指示を受ける恵子

尚志会芸能祭
姉の子供と私の末娘

尚志会芸能祭
舞台での様子



◆打あげ◆

尚志会芸能祭
舞台監督と恵子

尚志会芸能祭
在藩役の唐真先生と幼きころの子供達

尚志会芸能祭
娘③と姉の子供と娘④


尚志会芸能祭
恵子と息子役の男の子達
(確か、名前はけんじ君とゆうすけ君)

元気かな~。
なつかしいなぁ~。


あの時は、私も夫を亡くして苦労してた時なので、
今より老けてる~。びっくり!汗


子供達も小さかったな~。

もう、み~んな成人してますものね・・・。


月日のたつのは早いものだと

しみじみ思った秋の夜更けでした。











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